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大阪地方裁判所 昭和50年(ワ)1209号 判決

原告

岡崎確道

右訴訟代理人弁護士

原増司

外三名

右補佐人弁理士

秋山鳳見

被告

富士スバイラル工業株式会社

右代表者

望月富之

右訴訟代理人弁護士

安原正之

外二名

右補佐人弁理士

福田武通

外一名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一原告が左に記載する本件特許第四三五七二八号スバイラル紙管製造機の特許権者であることは当事者間に争いがない。

特許出願 昭和三七年四月一一日

特許出願公告 昭和三九年八月五日

(昭三九―一五七九七号)

特許登録 昭和三九年一二月二三日

(特許番号第四三五七二八号)

特許請求の範囲

静止状の巻芯の一側方に一個の基点プーリーを設け、該巻芯の他側方に始末二個のプーリーを設備し、該始末二個のプーリーを該基点のプーリーより出て相互の角度を任意調節し得べくなした二本の腕に支持させ、基点プーリーと始プーリーとに亙り巻芯外周を一巻する状態に於て始ベルトを架設し基点プーリーと末プーリーとに亙り巻芯外周を始ベルトと逆方向に一巻する状態に於いて末ベルトを架設したことを特徴とするスパイラル紙管製造機

〈中略〉

五本件特許の詳細な説明の項の記載全体をしんしやくし、特許請求の範囲の記載によると、本件特許説明の本質的特徴は、スパイラル紙管製造機において、

(イ)  静止状の巻芯の一側方に「一個」の基点プーリーを設ける

(ロ)  基点プーリーと末プーリーとに亙り巻芯外周を始ベルトと「逆方向」に一巻する状態に於いて末ベルトを架設するとの二点からなる技術思想にあると認めるべきである。そして、右の二点は不可分の緊密な関連を有するものとして構成されていることが明らかである。

六被告は、右(ロ)の特徴はアメリカ特許第一九四一九九三号の公開により公知であつて新規性がない旨主張する。

成立に争いない乙第一号証(昭和九年四月一七日特許局陳列館受入れアメリカ特許第一九四一九九三号公報)によると、本件特許出願時チユーブ製造機の技術分野において、ら旋状に巻かれたチユーブを廻転させ且つ推進させる機構の改良として、四プーリー一ベルト式でベルトが二個所の巻成部を形成しながらX字状に交叉し、その中間に支持したチユーブを一定方向、すなわち真直に進行させながら、一巻したベルトがチユーブから離れる方向が、チユーブを基準として反対方向になるようにベルトのコースを設定し、これによつてチユーブに及ぼす側方への牽引力をプラスマイナス零としたベルトの巻掛けの方法が図示して開示されていることが認められる。

しかし、右アメリカ特許の発明は、チユーブを真直に進行せしめることを目的課題として、ベルトを前記の如くチユーブに巻き掛けて操作することにより解決しているのであつて、紙管製造機に関するものではないから、スパイラル紙管製造機において、「基点プーリーと末プーリーとに亙り巻芯外周を始ベルトと逆方向に一巻する状態に於いて末ベルトを架設する」との前記(ロ)の特徴を用いることにより本件特許発明における作用効果殊にベルトの固締めが可能となり紙管の巻成力を増大させるなどについて、これを意図するものでなくその認識の上開示しているものでもない。すなわち、右引用におけるベルトの巻き掛け方法についての開示は、本件特許発明におけるベルトの巻き掛け方法と外見において類似し、その作用効果において一部共通するところが認められるけれども、両者の発明の目的課題が相違し、本件特許発明における前記(ロ)の特徴を用いるとの解決思想を欠くので、この点を公知ならしめる資料とは解せられない。

また、原告は、本件特許発明の核心は、紙管製造機において、二本のベルトを巻芯に対してそれぞれ逆方向に巻きつける点にあり、これにより真直で均一、且つ固く巻いた紙管を得ることができるのである旨主張し、本件特許発明の本質的特徴は前記(ロ)の点のみに存する如く主張する。

しかし、「基点プーリー」なる語について、特許請求の範囲の項に、「一個の基点プーリー」なる語が明記されているほかこれを受けた「基点プーリー」なる語が三回用いられており、公報図面にも一個の基点プーリーが図示されている。また発明の詳細な説明の項には、「一個の基点プーリー」と明記されているほか、これを受けた「基点プーリー」なる語が一〇回用いられていて、その作用効果について前に指摘したとおり、「基点プーリー」によつて二本のベルトの廻転が常に同調せしめられ相牽制して進行不能に陥つたり両ベルトの不同調に基く製品の一方向への膨上りなど、製品の不良化を起す欠点を克服しうると教示しているのであつて、右基点プーリーの作用効果に関する記述は、基点プーリーが名実共一個であり基点となるプーリーであることにより発揮し得るものであり、しかもこの点が本件特許発明の目的課題に対する解決となる趣旨に説明されていることはその記載に徴して否定し得ないところである。したがつて、本件特許発明の核心ともいうべき本質的特徴を前記(ロ)の点にのみ求める原告の右主張は採用することはできない。

七本件特許発明と本件機械の構成を対比する。

(一) 共通点

両者は、いずれも静止状の巻芯を設けたうえ、その一側方に駆動プーリーを設け、他側方に始プーリーと末プーリーをそれぞれ設け、該始、末プーリーを相互の角度を任意に調節することができるようにした二本の腕に支持させ、駆動プーリーと始プーリーとにわたり巻芯外周を一巻にする状態において始ベルトを架設し、駆動プーリーと末プーリーとにわたり、巻芯外周を巻芯から離れる方向が始ベルトの場合とは逆方向になるよう末ベルトを巻芯に巻き掛けてある。

(二) 相異点

(1) 本件特許発明では三個のプーリーよりなつていて、そのうち一個が駆動プーリーで基点プーリーと称しその位置は不動であるのに対し、本件機械においては、四個のプーリーによりなつていて、そのうち二個が駆動プーリーであつて、その位置は移動できるようになつている。

(2) 本件特許発明では二本の腕は基点プーリーより出て、V字状に構成され、始末プーリーはその二本の腕に支持されているのに対し、本件機械においては、二本の腕は支軸に枢着されて互いに交叉してX字状をなし、始末プーリーと駆動プーリーはその腕の両端にそれぞれ取付けられている。したがつて、本件特許発明では二本の腕の角度調節は基点プーリーを中心として行われるのに対し、本件機械においては、その角度調節は支軸を中心に行われる。

(3) 本件特許発明では始、末二個のプーリーに架設されている二本のベルトは、いずれも一個の共通の基点プーリーとの間に架設されているのに対し、本件機械においては一個の駆動プーリーと始プーリー、他の駆動プーリーと末プーリーとにわたり、その二本のベルトがX字状になるように架設されている。

(三) 結局、本件機械は、本件特許発明の前記二に分説した構成要素のうち(1)、(3)の特徴を具えているが、一個の基点プーリーなるものを欠くため、同(2)、(4)、(5)、(6)の特徴においてその構成が同一ではない。

八本件特許発明の「一個の基点プーリー」に対応する本件機械における構成は二個の駆動プーリー3、3’である。

原告は、この点につき次のように主張する。

本件特許発明は、二本ベルトを採用し、巻芯に対するベルトの巻き掛け方を互いに逆方向とし、しかも巻芯上での二本のベルトの螺旋角度を等しくし、そのため始、末ベルトのそれぞれの中心線の延長線に接するところにプーリーを設けなければならない技術思想を開示している。そうすると、始、末プーリーに対置するプーリーとしては、始、末ベルトのそれぞれの中心線の延長線の内側に接するところに設けられるものである限り本件特許発明が解決課題としている技術問題は解決されるのであつて、このプーリーを一個とするか二個とするかは技術者が適宜選択しうる事項で、このような状況のもとで、一個のものを複数のもので代替することは、当時予測可能であつたのであり、本件機械にみられる構造の相違は、単に被告が本件特許権の追求から免れるための手段に過ぎない設計上の微差、改悪、迂回手段、均等物であつて本件機械は本件特許発明の保護の領域内にあるものであると。

おもうに、発明を構成するに当り、特定の構成要素を採択するのは、それが発明において発揮する作用効果(機能)に着目してなされるものであるが、特許発明を構成するものは、言うまでもなく、作用効果それ自体ではなく、その作用効果を発揮するものとして選ばれた構成要素ないしその組み合せである。保護を求める発明であるとして、特定の構成要素を選択して特許請求の範囲に記載し特許された以上、特許請求の範囲の記載は、特許された発明の個性決定の基礎となる。特許発明の核心ともいうべき本質的特徴は、出願時における技術水準、発明の詳細な説明の項、図面の表示などをしんしやくし、特許請求の範囲の記載から抽出、把握すべく、その作用効果はその本質的特徴と認められる構成要素が当該発明の目的課題に対して解決となる所以を支持、説明するものであるにとまどり、その構成要素を無視し、これに代りうるものではない。すなわち、特許発明の本質的特徴については、特許請求の範囲に記載の構成要素と異なる構成による代替、組み替えは、たとえ、作用効果において等価値の構成、あるいは設計上の微差といいうる構成で、しかもこれによる代替、組み替えが出願時当業者に予測可能であつたとしても、当該特許発明の本質を変更することに帰する。したがつて、右置換を前提とする特許権の保護を求める主張は許されないと解すべきである。

本件特許公報中に、基点プーリーを設ける技術的意味につき、一個の基点プーリーを設けることによる作用効果が終始強調されているだけで、一個の基点プーリーに代え、二個の駆動プーリーを用いることについては、なんら触れられていないし、これを示唆する記載はない。要するに、本件特許公報、殊に特許請求の範囲の記載から、「基点プーリー」について、二個の駆動プーリーを用いる本件機械の構成をも含む技術思想は引き出せない。

本件特許発明において、一個の基点プーリーを設けるとの構成は、二本のベルトの巻芯に対する巻き掛け方法についての構成と緊密な関連を特ち、両者が本質的特徴をなす技術思想であることは既に述べたとおりである。したがつて、一個の基点プーリーなる構成を具えていない本件機械における対応構成に対し、右代表はこの種機械の設計上慣用せられる技術手段であり両者は自由な選択範囲に属する設計上の微差であるとか、出願時の技術水準からみて当業者に容易に実施し得る均等の手段あるいは本件特許権の追及から免れるための手段としてなされた改悪であるなどを理由として原告が主張するところは、畢竟、本件特許発明の本質的特徴について変更を来さしめるものであつて、採用することができない。

原告は、また本件機械は本件特許発明の迂回方法に過ぎない旨主張する。しかし、本件機械においてはそもそも本件特許発明における基点プーリーなるものを欠くのである。なるほど本件機械における駆動プーリーは二個であつて本件特許発明における基点プーリー一個より数において一個多いが、本件機械における二個の駆動プーリーは、それぞれ独立して始、末プーリーとの間にベルトが掛け渡されて駆動するのであつて、そのうち一が基点プーリーの機能を営み、他は余分という関係のものでないことが明らかである。本件機械について、原告の右主張はおよそ当らないといわなければならない。

九よつて、被告による本件機械の製造販売が原告の本件特許権を侵害するものであることを前提とする原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当として棄却すべく、主文のとおり判決する。

(大江健次郎 小倉顕 北山元章)

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